【寄稿記事】栄養のマメ知識
鍛えよう!飲み込みの力
在宅療養において誤嚥性肺炎は大敵です。
誤嚥性肺炎をきっかけに体力がさらに低下し、ご自宅での生活が続けられなくなってしまう方も多々おられます。また、誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位にランクインしており、多くの方が誤嚥性肺炎で最期を迎えられていることが分かります。
厚生労働省:令和元年(2019) 人口動態統計月報年計(概数)の概況
誤嚥性肺炎は、本来食道から胃に入るべき食べ物が、誤って気管から肺に入ってしまい(これを誤嚥と言います)、食べ物に付着した口の中の雑菌が肺の中で増殖することで起こります。
人間の飲み込みは複雑に行われており、誤嚥を起こすメカニズムには色々な原因があります。その一つは、ご年齢やご病気のために飲み込みの力(専門用語で嚥下機能と言います)が落ちてしまうことです。飲み込みは、のどの筋肉が上手に動くことで円滑に行われます。体の筋肉と同じように、のどの筋肉も徐々に弱くなってしまいますので、飲み込みの力を維持することが誤嚥性肺炎の予防につながります。
今回は、ご自宅でもできる、飲み込みの力を保つ方法についてお話させて頂きます。
■飲み込みの力を判定する方法
まず、飲み込みの力が落ちているかどうかを判断する方法をご紹介します。
ちゃんと調べるには、専門的な知識を持った医療スタッフが見る必要がありますが、簡易的に行える方法が2つあります。
1. 喉頭挙上検査
喉頭というのはのどのことですが、正しい飲み込みではのどが一度上に上がります(皆さんも試してみて下さい)。右手を平手の状態にし、横から中指の先をのど仏に当てます。その状態で唾を飲みこんでもらい、のど仏が人差し指まで上がれば正常です。そこまで上がらなければ、飲み込みの力が落ちている可能性があります。
2. 反復唾液嚥下テスト
まず、口の中に唾液を溜めます。口が乾いていたら少し湿らせます。その状態で、30秒間に何回唾液を飲みこめるかを数えます(むせるようでしたらすぐに中止して下さい)。
3回以上飲み込めれば正常ですが、それ以下ですと飲み込みの力が落ちている可能性があります。
■自宅でできる飲み込みリハビリ
いかがでしたでしょうか。
それでは、ここからご自宅で簡単にできる嚥下訓練の方法をご紹介します。
1. おでこ体操
のどの筋肉を鍛える体操です。やり方は、まずおでこに手を当てます。そして、手とおでこを力比べするように押し付けます。これを1日5~10回行ってください。
2. 嚥下体操
食事前に行うとよい、一連の体操です。以下を順番に行いましょう。
①深呼吸をする。
②首を回す。
③肩を上げ下げする。
④両手をあげてのびをする。
⑤ほおを膨らませたり、しぼめたりする。
⑥舌を左右、上下に動かく。
⑦息をのどに当てるように吸い、三つ数えて吐く。
⑧「パ、タ、カ、ラ」をゆっくり10回言う。
⑨最後にもう一度深呼吸をする。
以上です。これを全部行うのが大変な場合は、できるものだけでも大丈夫です。
いかがでしたでしょうか。食べることは人生でも大きな楽しみの一つだと思います。
飲み込みでお困りの方はぜひ試してみてください。
大事なことは、少しずつでも毎日行うことです。きっと効果が実感できるはずです。
もしご自宅で難しい場合には、専門のスタッフによる訪問リハビリが可能な場合もあります。
また、誤嚥性肺炎の予防には口腔ケアも大切です。こちらもご参照下さい。
安間 章裕(アンマ アキヒロ)
日本内科学会認定総合内科専門医・日本感染症学会認定専門医
2010年 浜松医科大学医学部卒業。亀田総合病院総合診療科、感染症科での研鑽を経て、茨城で在宅医療の立ち上げを行う。その後、地元である静岡県で感染症業務、在宅医療に携わっている。
栄養、足りていますか?
皆さんは、「栄養不足」と聞くとどんなことをイメージするでしょうか?
豊かになった現代の日本では縁遠いように感じるかも知れません。しかし、厚生労働省のデータによると、実は65歳以上の16.8%が栄養不足になっている可能性があるのです。
在宅療養をされている方は、栄養が不足するリスクが高いため、特に注意する必要があります。
今回は、栄養不足の見極め方と対応についてご説明します。
■栄養が足りないとどうなるの?
そもそも栄養が足りないと何か悪いことが起こるのでしょうか?
栄養が足りていないと体には色々な悪影響が出てきます。
・免疫が下がる
免疫を担当するのは白血球という細胞ですが、栄養が足りないとこの白血球が十分作られなくなります。結果、免疫力が落ちて、感染症にかかりやすくなってしまいます。
・骨折しやすくなる
当然ですが、骨もカルシウムやタンパク質といった栄養から作られます。
これらが足りないことで、骨が折れやすくなってしまいます。
・筋力が落ちる
筋肉も同様にタンパク質から作られますので、栄養が足りないと筋肉の量も減ってしまいます。また、筋肉はカロリーが足りない時に非常用エネルギーとして分解されるのです。
つまり、カロリーが足りない時も筋肉は減ってしまいます。筋肉が減ると、動けなくなって寝たきりになってしまう原因になります。
・褥瘡(床ずれ)ができやすくなる
栄養が足りないと、傷の治りが悪くなったり、皮膚が弱くなることが分かっています。
そのため、褥瘡ができやくなってしまいます。
・寿命が短くなる
栄養が足りないと最終的には寿命が短くなることが分かっています。
ある研究では、栄養が足りない人と足りている人を9か月間比べて見ていった結果、亡くなる人の割合は、栄養が足りない人では足りている人の倍、多かったのです。
このように、栄養不足は在宅療養にとって大敵なのです。
■栄養不足はどうやって分かるの?
栄養不足が害とは分かっていても、実際に栄養が足りているかどうかというのはなかなか判断が難しいですよね。
そこで、私たち医療者が簡易的に使う指標をご紹介したいと思います。
・体重
体重は、栄養が足りているかの指標として最も簡便です。特に重要なのが体重の変化です。
半年で元の体重の10%が減っていると栄養不足の可能性があります。
・BMI
同じ体重でも体の大きさによって解釈が変わってきます。そのため、体重だけでなく身長も考慮した、BMIという数値が必要になります。
BMIというのは、Body Mass Index(ボディ・マス・インデックス)の略で、体格を表す指標の一つです。
体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で計算します。
例えば、身長165㎝(=1.65m)、体重60kgだと、BMIは60÷1.65÷1.65=22.0となります。
このBMIが20を下回ると、介護度が高くなったり、早く亡くなることが分かっています。
・二の腕の太さ(上腕周囲長)
在宅療養をされている方では、なかなか体重測定が難しい場合も多いかと思います。
そんな時は、二の腕の太さが参考になります。
測り方は簡単です。肩と肘のおおよそ中間地点で、腕の太さを測れば良いのです。
この太さが男性で23㎝、女性で22㎝を下回っていると、栄養不足の可能性があります。
・アルブミン
血液検査を定期的にされている方では、「アルブミン(ALB)」という数値が参考になります。
この数値が、3.5を下回っていると栄養不足の可能性があります。
これらの項目に一つでも当てはまった場合には、栄養について一度見直してみることをお勧めします。
■栄養はどうやって摂ったらいいの?
では、実際に栄養を摂るにはどうしたら良いのでしょうか。
栄養と一口に言っても、エネルギー、タンパク質、ビタミン、ミネラルなど、必要な栄養素はいくつかあり、それぞれ含まれる食品が異なります。
とは言っても、栄養を摂ることばかりに目が行き、ご本人ご家族ともにストレスが溜まってしまうようでは本末転倒ですよね。
楽しく食事を摂るということも、人生を豊かにするために大切ではないでしょうか。
一度、かかりつけ医や栄養士さんにご相談されると良いでしょう。
<終>
この記事を書いた人:
安間 章裕(アンマ アキヒロ)
日本内科学会認定総合内科専門医・日本感染症学会認定専門医
2010年 浜松医科大学医学部卒業。亀田総合病院総合診療科、感染症科での研鑽を経て、茨城で在宅医療の立ち上げを行う。その後、地元である静岡県で感染症業務、在宅医療に携わっている。
認知症の方の食事の摂り方
在宅療養されている方は様々な理由で食事の量が減ってしまうことがあります(「食欲が落ちた時、どうしたらいいの?」もご参照下さい)。
認知症をお持ちの方は、さらに特有の原因で食事量が変動します。
今回は特に認知症の方で考慮すべき原因と、その対応について述べさせて頂きます。
■認知症の仕組みが関係
それにはまず、認知症という病気の仕組みを理解すると良いかと思います。
認知症、特にアルツハイマー型認知症は脳の細胞が死んでしまうことで、脳の色々な部分が機能しなくなる病気です。認知症の特徴である記憶障害は、脳の記憶を担当する部分の細胞が死んでしまうことで起こります。
しかし、それ以外の脳の部分でも同じことが起こると、その部分が担当している機能によりさまざまな症状が出ます。
例えば、以下のような症状が起こります。
1. 失行
普段やりなれているはずの行為ができなくなってしまいます。例えば私たちが普段何気なくしている歯磨き一つとっても、脳の高度な機能をいくつも組み合わせて行っています。
服が着られなくなるなどが代表的な失行の症状です。
2. 失認
物を正しく認識できない、つまり物が何か分からなくなってしまいます。例えばコップをコップとして認識するにも、①まずコップを見る、②その特徴を捉える、③今までの記憶と照らし合わせる、④コップと認識する、といくつかの複雑なステップが必要なのです。
その機能が損なわれてしまうため、物を見ても正しく認識できなくなってしまいます。
3. 実行機能障害
これは名前の通り物事を実行する機能が落ちてしまう症状です。代表的な例は料理です。料理というのは、まず計画を立て、計画にそって食材を切ったり、調味料を加えたりします。また微妙な調節も必要になったりと、これもまた複雑なステップで成り立っています。
4. 注意障害
認知症をお持ちの方は、徐々に進行してくると入ってくる情報(音、視界など)を処理する力が衰えてきます。これにより周りの状況を理解することがどうしても苦手になってきてしまいます。そうすると周囲に気を取られやすくなり、集中することが難しくなってしまいます。
■症状に合わせた対応を
これらの症状に照らし合わせると、食事が進まない理由と取るべき対応が分かることがあります。
例えば、
1. 失行が原因
・お箸が使えない→スプーンにしてみる
・魚など食べ方が分からない→身をほぐしてみる
2. 失認が原因
・食べ物が何か分からなくなる→「これは~だよ。」「美味しそうな匂いがするね。」などと声かけしながら食べてもらう、食器の色を変えて食事を目立たせる
3. 実行機能障害が原因
・いくつかの料理を順序立てて食べられなくなる→ワンプレートや丼にしてみる
4. 注意障害が原因
・食事に集中できない→カーテンを閉める、TVを消すなど、外からの情報を少なくする
といった感じです。なかなか難しいですが、皆さん色々と工夫され、その方に合った方法を見つけておられます。正直、私たち医師でも驚く時があります。
それでも改善がない場合は、うつ病や身体の病気など他に原因が隠れている場合もあります(「食欲が落ちた時、どうしたらいいの?」もご参照下さい)。
ご心配な点がありましたら主治医の先生、もしくは当サイトの医師相談へお気軽にご相談下さい。
食欲が落ちた時、どうしたらいいの?
在宅療養している方が、食が細くなってしまうと心配になりますよね。
ここでは、食事の量が減ってしまった時に注意すべきこと、対応について述べたいと思います。
食事の量が減る場合、いくつかのパターンに分けられます。
■急に食べなくなってしまった、元気がない
まず最も注意すべきなのは、昨日まで元気に食べていたのに急に食欲が落ちた時です。元気がない、反応が鈍いなどがある場合はさらに注意が必要です。
この場合は肺炎や尿路感染症など何らかの感染を起こしていたり、身体に異変が起こっていることが考えられます。
対応としては熱、血圧、脈拍を計りましょう(「熱が出ちゃった!どうしたらいい!?」の内容もご参考下さい)。いずれにしても早急な診察が望まれます。
主治医の先生、訪問看護さんなどにご相談下さい。
■元気はあるが段々と食べなくなってきた
頻度としてはこのパターンが多いかと思います。
ご高齢の方はちょっとした体調の変化で食事量が減ってしまいます。
まずチェックすべきは、水分はしっかり取れているか、排便はきちんと出ているか、睡眠は取れているか、痛みはないかです。これらに当てはまる場合、その対応を行うことで改善が見られる場合があります。
入れ歯を使っている方では、擦れて痛いなど入れ歯が合っていないことが原因になり得ます。訪問歯科さんに調整してもらうなどの対応で改善できます。
また、高齢になるとどうしても噛む力や飲み込む力が弱まってきますので、これまで通りの食事では疲れてしまいます。一度柔らかい食事を試してみてもよいかも知れません。インターネットでは作り方も載っていますし、業者さんの宅食もあります。
■認知症のある方
認知症のある方の場合、①脳の機能の衰えにより食べ物が認識できない、②食べ方を忘れてしまう、③食事に集中できないといった要因で食事量が減ることがあります。
対応としては、①の場合、匂いを嗅がせたり声かけするなどして食べ物と認識してもらう、②の場合、箸からスプーンに変えてみたり食器を変えてみる、③の場合は集中できる環境を作るなどです。詳細はまた別項目(「認知症の方の食事の摂り方」)で述べさせて頂きます。
■それでも長期に改善がない場合
医療的な介入が必要な場合が考えられます。具体的にはお薬の副作用であったり、胃腸の問題であったり、癌が隠れている場合などがありますので、一度主治医の先生へのご相談をお勧めします。
また、最終的に考えておかなければならないのは老衰です。
老衰は、現代の医学では治療法がなく、回復が見込めない状態です。人間誰しも、いつかは必ず最期の時が来ますが、もしその時期を遅らせる選択(いわゆる延命治療)をするならば人工栄養(胃ろうや中心静脈栄養など)という選択肢がありますし、自然に見ていくのも選択肢です(「延命治療、する?しない?」の内容もご参考下さい)。
いずれにしてもメリット、デメリットがあり、正解はありません。ご本人様の意思が確認できれば最善ですが、予めご関係の皆さんで話し合っておくのが良いと思われます。